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芦別大辞典

頭文字(イニシャル)別
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あしべつのれきし

芦別の歴史

1857(安政 4)年
1857(安政 4)年 5月 7日 松浦武四郎、「空知川」をさかのぼり、現・「野花南」付近に至る。

1890(明治23)年
1890(明治23)年 8月 7日 奈江村が設置される。

1893(明治26)年
1893(明治26)年 3月   歌志内で魚屋を営んでいた佐藤伝治郎(山形県出身)が「パンケホロナイ川」右岸に移住。

1894(明治27)年
1894(明治27)年 5月 2日 沢口期一が68戸三百余名を率いて「下班渓」および「次郎島」に移住。
1894(明治27)年10月 5日 青年僧、相河了瑞(19歳)による「安楽寺説教所」が開校し、寺子屋教育を始める。

1895(明治28)年
1895(明治28)年     北海道庁が野花南を含めた「空知川沿岸原野」を土地貸し下げ。浦臼町民であった武市守哉が応じる。
1895(明治28)年     富山県人朝山和一郎らが30余戸と移住。
1895(明治28)年     富山県砺波地方から本町地区に入植した人々によって「芦別獅子」が始められる。
1895(明治28)年 6月20日 奈江村戸長役場が設置される。

1896(明治29)年
1896(明治29)年10月 3日 「安楽寺説教所」が「私立班渓簡易教育所」となる。

1897(明治30)年
1897(明治30)年 7月 1日 奈江村(現・砂川市)と滝川村(現・滝川市)の一部を歌志内村(現・芦別市も含む)として分離。
1897(明治30)年     兜谷徳平ら班渓幌内炭山発掘。
1897(明治30)年     この時の人口は1254人、(芦別が112戸562人、「ヌカナン」61戸311人、パンケホロナイ76戸381人。)
1897(明治30)年 6月   滝川警察署下芦別巡査駐在所を設置

1898(明治31)年
1898(明治31)年     芦別より下富良野へ通じる道路が開削。
1898(明治31)年 4月 1日 字上芦別を設置。
1898(明治31)年 5月   「本派本願寺説教所」創立(現・「芦別小学校」)
1898(明治31)年12月13日 「私立額南簡易保育所」創立(現・「野花南小学校」)

1899(明治32)年
1899(明治32)年     「下芦別郵便局」が開設。
1899(明治32)年 1月   下芦別簡易教育所(公立)が開校。
1899(明治32)年 5月 4日 「私立班渓簡易教育所」が公立に移管される。

1900(明治33)年
1900(明治33)年     滝川警察署上芦別巡査駐在所が芦別市街地へ移転する。
1900(明治33)年 6月 1日 歌志内村から分立し、「芦別村」となる。
1900(明治33)年 7月15日 「芦別村」戸長役場設置。この時の人口は1783人。
1900(明治33)年10月18日 「上芦別簡易教育所」創立(現・「上芦別小学校」)

1901(明治34)年
1901(明治34)年 3月24日 石川県人の河戸寅吉が「上班渓御料地」と呼ばれていた現・「新城町」に入植。

1902(明治35)年

1903(明治36)年
1903(明治36)年 8月17日 「下芦別簡易教育所」(公立)が「芦別尋常小学校」となる。

1904(明治37)年

1905(明治38)年
1905(明治38)年 4月 1日 「上班渓簡易教育所」創立(旧・「黄金小学校」)
1905(明治38)年 7月 1日 「滝の上教育所」創立(旧・「滝里小学校」)
1905(明治38)年 9月   「芦別尋常小学校」に高等科を併置し、「芦別尋常高等小学校」となる。
1905(明治38)年11月   「滝の上教育所」を「空知川滝の上簡易教育所」と改称。

1906(明治39)年
1906(明治39)年     「上班渓御料地」を新城と命名。
1906(明治39)年 3月31日 「家庭教育所」開設(旧・「新城小学校」)
1906(明治39)年 4月 1日 二級町村制施行。
1906(明治39)年 6月 1日 第1回村会議員選挙実施。

1907(明治40)年
1907(明治40)年 4月   「私立額南簡易保育所」を「野花南尋常小学校」と改称
1907(明治40)年 5月21日 「新城簡易教育所」認可。
1907(明治40)年 9月   「新城簡易教育所」校舎完成。
1907(明治40)年11月26日 「私立班渓簡易教育所」が「班渓尋常小学校」となる。

1908(明治41)年

1909(明治42)年
1909(明治42)年 3月 9日 「芦別高等尋常小学校分教場」開設(旧・「頼城小学校」)

1910(明治43)年
1910(明治43)年 5月   「新城町」にじゃがいもによるでんぷん製造工場が建設される。
1910(明治43)年11月   「家庭教育所」を「新城尋常小学校」と改称。

1911(明治44)年
1911(明治44)年 7月   「芦別高等尋常小学校分教場」が分離独立し、「頼城教育所」となる。

1912(明治45/大正元)年

1913(大正 2)年
1913(大正 2)年 9月   字名などを改正。
1913(大正 2)年10月   「上班渓簡易教育所」が「上班渓尋常小学校」と改称
1913(大正 2)年11月10日 滝川〜下富良野間(「釧路本線」の一部)が開通。「下芦別駅」「野花南駅」「奔茂尻駅」・島ノ下駅が開業。

1914(大正 3)年
1914(大正 3)年     芦別で最初の印刷物「芦別案内」が発行される。
1914(大正 3)年 6月   「芦別高等尋常小学校辺渓特別教習所」開設。

1915(大正 4)年
1915(大正 4)年 4月   「空知川滝の上簡易教育所」が「奔茂尻尋常小学校」と改称
1915(大正 4)年 6月   「旭温泉」開業。
1915(大正 4)年 8月   「上芦別簡易教育所」が「上芦別尋常小学校」と改称。

1916(大正 5)年
1916(大正 5)年 4月 1日 駐在所が芦別巡査部長派出所となる。

1917(大正 6)年
1917(大正 6)年 1月   「頼城教育所」が「頼城尋常小学校」と改称。
1917(大正 6)年10月   「滝川警察署新城巡査駐在所」完成。

1918(大正 7)年
1918(大正 7)年     「久原鉱業油谷芦別炭鉱」開坑。
1918(大正 7)年     「芦別駅逓」が廃止。
1918(大正 7)年     西芦別が下芦別から分離。
1918(大正 7)年     「野花南発電所」開業。
1918(大正 7)年 1月28日 「空知川橋」完成。
1918(大正 7)年 2月11日 「野花南郵便局」開設。
1918(大正 7)年 3月23日 「新城駅逓所」開設。
1918(大正 7)年 5月17日 「公立芦別消防組」設置。

1919(大正 8)年
1919(大正 8)年 5月10日 「奔茂尻発電所」開業。
1919(大正 8)年 4月 1日 「北海道農産物検査所新城駐在所」設置。


1920(大正 9)年
1920(大正 9)年     この年の国勢調査では人口15,013人。(男7,795 女7,218 2,910世帯)
1920(大正 9)年 1月16日 「上芦別駅」が開業。
1920(大正 9)年 4月   「奈江」を中富良野村へ移譲。


1921(大正10)年
1921(大正10)年 8月 5日 「釧路本線」が根室まで開通し、「根室本線」と改名。

1922(大正11)年 7月 3日 「新城尋常小学校」校舎移転。
1922(大正11)年10月16日 「正信寺」本堂落成。


1923(大正12)年
1923(大正12)年 4月 1日 一級町村制施行。
1923(大正12)年12月   「新城巡査駐在所」が移転。

1924(大正13)年
1924(大正13)年     「三菱鉱業芦別鉱業所」開坑。
1924(大正13)年 3月   「野花南尋常小学校」に高等科が併設され、「野花南尋常高等小学校」と改称
1924(大正13)年 4月 1日 「班渓尋常小学校」に高等科が併置され、「班渓尋常高等小学校」となる。

1925(大正14)年
1925(大正14)年 3月   「上芦別尋常小学校」に高等科が併置され、「上芦別尋常高等小学校」となる。
1925(大正14)年 4月   「芦別高等尋常小学校」に「芦別実科女学校」を併設する。

1926(大正15/昭和元)年
1926(大正15)年 3月 3日 国鉄「芦別線」の建設について衆議院で請願が採択される。
1926(大正15)年 4月   「芦別高等尋常小学校辺渓特別教習所」が「辺渓尋常小学校」として独立。
1926(大正15)年 5月24日 旭川に本店を持っていた「絲屋銀行」破綻、芦別出張所も閉鎖。
1926(大正15)年10月16日 「新城郵便局」が開業。
1926(大正15)年12月23日 「絲屋銀行」を買収する形で「拓殖銀行滝川支店下芦別出張所」が開業。「絲屋銀行」の預金者に預金額の48.9%肩代わりをする。

1927(昭和 2)年


1928(昭和 3)年
1928(昭和 3)年 4月   「新城尋常小学校」に高等科が併置され、「新城尋常高等小学校」となる。
1928(昭和 3)年 4月11日 「芦別大火」。158戸消失、828人が被災。

1929(昭和 4)年
1929(昭和 4)年     「永楽園」焼失。
1929(昭和 4)年 5月   「合資会社サカエ自動車商会」によって「下芦別駅」「新城」間でバス運行開始。
1929(昭和 4)年 9月30日 「芦別劇場」開業。

1930(昭和 5)年
1930(昭和 5)年     「合資会社サカエ自動車商会」によって「下芦別駅」前でハイヤー営業開始。   
1930(昭和 5)年     バス路線が神居古潭まで延長される。

1931(昭和 6)年


1932(昭和 7)年
1932(昭和 7)年 5月   「芦別森林鉄道」起工。
1932(昭和 7)年 7月   帝室林野局が「黄金水松」を保存木に指定。

1933(昭和 8)年
1933(昭和 8)年 1月   「芦別新聞社」が設立、「旬間あしべつ」を発刊。

1934(昭和 9)年
1934(昭和 9)年11月   「芦別森林鉄道」竣工。31.2km。

1935(昭和10)年
1935(昭和10)年     「東芦別炭鉱」(後の「明治上芦別鉱業所」) 開鉱。
1935(昭和10)年     「旬間あしべつ」を廃刊。

1936(昭和11)年
1936(昭和11)年     「合資会社サカエ自動車商会」が経営権を多田倍三に移譲し撤退する。
1936(昭和11)年     「上芦別公園」が村立公園として開園。
1936(昭和11)年 8月30日 「新城駅逓所」が廃止。

1937(昭和12)年
1937(昭和12)年 7月   「新城消防組」が公設となる。

1938(昭和13)年
1938(昭和13)年     野花南に新芦別炭鉱、南芦別炭鉱、鈴木炭鉱、丸寿炭鉱が開鉱、旭に東和炭鉱、深田炭鉱が
1938(昭和13)年10月   「芦別高根炭鉱高根鉱業所」開坑。

1939(昭和14)年
1939(昭和14)年     「芦別森林鉄道」咲別線開通。
1939(昭和14)年     「三井芦別炭鉱」第一坑開鉱。
1939(昭和14)年 9月   「西芦別尋常高等小学校」が開校。(現・「西芦別小学校」)

1940(昭和15)年
1940(昭和15)年 2月20日 字名・地番を改正。野花南などの地名が消える。
1940(昭和15)年11月25日 三井鉱山芦別専用鉄道(「三井芦別鉄道」)開通(芦別〜西芦別)4.1km。

1941(昭和16)年
1941(昭和16)年     多田倍三が経営権を川北惣吉に売却し「芦別合同自動車合資会社」設立。
1941(昭和16)年 3月18日 北海道芦別実科高等女学校の設置が認可される。
1941(昭和16)年 4月 1日 町制施行。「芦別町」となる。
1941(昭和16)年 4月 1日 国民学校令により各小学校が国民学校となる。

1942(昭和17)年
1942(昭和17)年 3月   「上芦別国民学校」が「富岡国民学校」と改称。

1943(昭和18)年
1943(昭和18)年     「三井芦別鉱業」開坑。
1943(昭和18)年 4月   「滝里国民学校」に高等科を併置。
1943(昭和18)年 4月 1日 「北海道芦別高等女学校」が設置される。

1944(昭和19)年
1944(昭和19)年     「東芦別炭鉱」を「明治鉱業」が買収し、「明治鉱業明治上芦別鉱業所」として開坑。
1944(昭和19)年     「三井鉱山株式会社」が「頼城町」・「緑泉町」「東頼城町」を買収。
1944(昭和19)年 1月27日 「芦別合同自動車合資会社」(当時3両保有)など民間バス業者が戦時統合し、「北海道中央乗合自動車株式会社」となる。

1945(昭和20)年
1945(昭和20)年 3月   「川岸」に28戸が入植。
1945(昭和20)年 5月 1日 警戒警報発令されるが、すぐに解除。
1945(昭和20)年 6月 7日 「函館俘虜収容所第1分所」が頼城にできる。
1945(昭和20)年 6月26日 警戒警報発令。
1945(昭和20)年 6月27日 敵襲。
1945(昭和20)年 6月29日 「函館俘虜収容所第4分所」が西芦別にできる。
1945(昭和20)年 7月 4日 空襲。
1945(昭和20)年 7月28日 空襲。
1945(昭和20)年 7月29日 空襲。
1945(昭和20)年 8月 8日 空襲。
1945(昭和20)年 8月 9日 空襲。
1945(昭和20)年 8月10日 空襲。
1945(昭和20)年 9月 2日 「函館俘虜収容所第1分所」が閉鎖。「函館俘虜収容所第4分所」も9月に閉鎖。
1945(昭和20)年12月   「三井芦別鉄道」西芦別〜頼城間5.5kmが開業する。

1946(昭和21)年
1946(昭和21)年     富良野保健所管轄から滝川保健所管轄となる。
1946(昭和21)年 5月 1日 「下芦別駅」が「芦別駅」に、「奔茂尻駅」が「滝里駅」に改名。
1946(昭和21)年12月   「西芦橋」が完成。

1947(昭和22)年
1947(昭和22)年     「上芦別営林署」設置。
1947(昭和22)年     「私設油谷小学校」設置。
1947(昭和22)年 4月   各国民学校が小学校となる。
1947(昭和22)年 5月 1日 学校改革により、小学校に中学校を併置する。
1947(昭和22)年 6月   「油谷芦別炭鉱」開鉱。
1947(昭和22)年 7月   「芦別中学校高根分室」開設。
1947(昭和22)年 9月 4日 「豊岡小学校」開校。
1947(昭和22)年11月   「頼城小学校川岸分校」開設。

1948(昭和23)年
1948(昭和23)年 1月 1日 芦別町自治体警察署が発足。
1948(昭和23)年 3月 1日 「芦別農業協同組合」発足。
1948(昭和23)年 4月 1日 「北海道芦別高等女学校」が男女共学となり、「北海道芦別高等学校」(町立)に改名。
1948(昭和23)年 4月 1日 「私設油谷小学校」が「辺渓小学校油谷分校」となる。
1948(昭和23)年 4月   「滝里小学校泉分校」開設。
1948(昭和23)年 4月   「芦別小学校高根分校」開設。
1948(昭和23)年 5月   「芦別中学校高根分校」開設。
1948(昭和23)年 8月30日 「北海道中央乗合自動車株式会社」「新城線」運行開始。
1948(昭和23)年11月 8日 「芦別中学校油谷分校」開設。
1948(昭和23)年12月   三井芦別鉱業学校校舎を借用し、「西芦別中学校」を「西芦別小学校」から移転独立。

1949(昭和24)年
1949(昭和24)年     「北海道芦別高等学校」ラグビー部が創部。
1949(昭和24)年     「芦別商工会議所」設立。
1949(昭和24)年 1月20日 「三井鉱山株式会社芦別鉄道」と改組(地方鉄道)
1949(昭和24)年 2月23日 油谷を三笠宮が視察。
1949(昭和24)年 3月 1日 「辺渓小学校油谷分校」「芦別中学校油谷分校」が独立し、「油谷小中学校」となる。
1949(昭和24)年 6月   「北海道中央乗合自動車株式会社」が「北海道中央バス」の改称。
1949(昭和24)年 6月 1日 「新城出張所」設置。
1949(昭和24)年 8月   「芦別中学校」が独立校舎へ移転。
1949(昭和24)年 9月15日 「三井芦別鉄道」中の丘駅開業。
1949(昭和24)年10月   「上芦別小学校第1分校」を上芦別市街地区に開設。
1949(昭和24)年12月   「上芦別中学校」が独立校舎へ移転。
1949(昭和24)年12月24日 「三菱鉱業芦別鉱業所専用鉄道」「上芦別駅」〜辺渓の6.9kmが開通。

1950(昭和25)年
1950(昭和25)年     「芦別駅前警察官派出所」設置。
1950(昭和25)年     「芦別寺」創建。
1950(昭和25)年 2月14日 「空知タイムス」創刊。
1950(昭和25)年 4月   「北海道厚生農業協同組合連合会芦別厚生病院」が「町立芦別病院」として継承。
1950(昭和25)年 4月 1日 「北海道芦別高等学校」が道立に移管される。
1950(昭和25)年 6月   「上芦別小学校」の分校が「東芦別小学校」として独立。

1951(昭和26)年
1951(昭和26)年     「芦別電報電話局」が開設。
1951(昭和26)年     「空知ラムネ・空知農産化学研究所」が設立。(現・「ソラチ」)
1951(昭和26)年 1月   「頼城中学校」が独立校舎へ移転。
1951(昭和26)年 3月31日 「滝里小学校泉分校」を閉校(富良野市へ委託)
1951(昭和26)年 4月 1日 「北海道芦別高等学校」に定時制が出来る。町立。

1952(昭和27)年
1952(昭和27)年     「班渓警察官駐在所」設置。
1952(昭和27)年 4月 1日 「北海道芦別高等学校」の定時制も道立へ移管。
1952(昭和27)年 7月29日 「根室本線」「芦別駅」〜平岸駅間の線路がダイナマイトで爆破される。「芦別事件」。
1952(昭和27)年 9月 1日 「班渓小中学校」が「常磐小中学校」に改称。

1953(昭和28)年
1953(昭和28)年     「芦別発電所」が操業開始。
1953(昭和28)年     「芦別保健所」が開設。
1953(昭和28)年 4月 1日 市制施行、「芦別市」となる。
1953(昭和28)年 4月 1日 「町立芦別病院」が「市立芦別病院」と改名。
1953(昭和28)年 4月 1日 「東黄金小学校」が開校。
1953(昭和28)年 4月 1日 芦別警察署と改名。
1953(昭和28)年 8月 1日 「芦別線」が建設予定線に昇格。

1954(昭和29)年
1954(昭和29)年     「滝川公共職業安定所芦別出張所」設置。
1954(昭和29)年     「芦別森林鉄道」小滝沢線開通。
1954(昭和29)年     「三菱鉱業芦別鉱業所専用鉄道」辺渓〜辺渓三坑間が開通。
1954(昭和29)年 3月30日 「道道7号」(旭川芦別線)が路線認定される。
1954(昭和29)年 7月   「高根小中学校」を独立開校。
1954(昭和29)年 7月 1日 北海道警察札幌方面芦別警察署となる。
1954(昭和29)年 7月 1日 赤平市と一部境界変更。
1954(昭和29)年12月   新城で有線共聴組合設立。

1955(昭和30)年
1955(昭和30)年     「中の丘変電所」開設。
1955(昭和30)年     「中の丘スキー場」開設。
1955(昭和30)年     「北海道芦別高等学校」野球部が第37回全国高等学校野球選手権大会出場。
1955(昭和30)年 4月19日 「富良野芦別道立自然公園」に指定。
1955(昭和30)年 9月 1日 字名改正で「新城」が「新城町」に改称。
1955(昭和30)年12月 1日 芦別市消防本部・芦別市消防署を設置。

1956(昭和31)年
1956(昭和31)年     「芦別高等技芸学院」開設。
1956(昭和31)年     「芦別獅子保存会」が結成される。
1956(昭和31)年 2月24日 「芦別線」が建設調査線となる。
1956(昭和31)年 9月 1日 「西芦別小学校中の丘分校」開設。
1956(昭和31)年12月 1日 学校給食開始。


1957(昭和32)年
1957(昭和32)年 4月 3日 「芦別線」が建設工事線に昇格。
1957(昭和32)年 3月30日 「道道114号」(芦別赤平線)が路線認定される。
1957(昭和32)年 4月   「川岸小学校」が独立。
1957(昭和32)年 4月   「中の丘小学校」が独立。
1957(昭和32)年 4月 1日 「北海道芦別啓南高等学校」開校。
1957(昭和32)年 4月 3日 「芦別線」が建設工事線に昇格。
1957(昭和32)年10月 1日 「芦別黄金簡易郵便局」開局。
1957(昭和32)年12月 1日 「芦別小学校緑ヶ丘分校」が開設。


1958(昭和33)年
1958(昭和33)年 1月20日 「三井芦別鉄道」に「高校通駅」「山の手駅」「入山駅」「幸町駅」「西町アパート前駅」「芦の湯前駅」が開業。
1958(昭和33)年 1月24日 「緑泉炭鉱」閉山。
1958(昭和33)年 8月28日 「富松炭鉱」閉山。


1959(昭和34)年
1959(昭和34)年     「芦別森林鉄道」惣顔真布線開通
1959(昭和34)年 4月   「緑ヶ丘小学校」が独立。
1959(昭和34)年 9月22日 小樽〜「上芦別駅」間を結ぶ準急「かむい」新設。


1960(昭和35)年
1960(昭和35)年     「本町」の一部が南1条東・南1条西に改名。
1960(昭和35)年 5月   「頼城小学校」に特殊学級設置。


1961(昭和36)年
1961(昭和36)年     「芦別森林鉄道」全線廃止。
1961(昭和36)年 7月   「芦別ライオンズクラブ」設立。


1962(昭和37)年
1962(昭和37)年     「空知川」の水害発生。「滝里町」が孤立。
1962(昭和37)年 8月27日 「野花南アースサークル」「黄金水松」「芦別獅子」が「芦別市指定文化財」となる。


1963(昭和38)年
1963(昭和38)年     「明治鉱業明治上芦別鉱業所」閉山。
1963(昭和38)年 3月 2日 「平岸東坑」閉山。
1963(昭和38)年 3月 6日 「平岸東坑」閉山交付金交付決定。
1963(昭和38)年 6月27日 「三菱美唄炭鉱」閉山。
1963(昭和38)年 6月29日 「下芦別三坑」閉山。「三菱美唄炭鉱」閉山交付金交付決定。
1963(昭和38)年 7月   「芦別市消防本部」の油谷機関員出張所・明治機関員出張所・三菱機関員出張所を開設。
1963(昭和38)年 7月 5日 「明治上芦別鉱業所」閉山。
1963(昭和38)年 7月 9日 「明治上芦別鉱業所」閉山交付金交付決定。
1963(昭和38)年 8月26日 「北菱青木沢炭鉱」閉山。
1963(昭和38)年 8月31日 「北菱青木沢炭鉱」閉山交付金交付決定。
1963(昭和38)年10月   「黄金中学校」を小中併置から分離独立。
1963(昭和38)年10月16日 「油谷小中学校」が小中分離し、「油谷小学校」「油谷中学校」となる。
1963(昭和38)年10月31日 「北海道中央バス」「芦別ターミナル」を開設。


1964(昭和39)年
1964(昭和39)年 3月20日 小樽〜富良野間を準急「かむい」が「そらち」と改名。
1964(昭和39)年 4月   「頼城中学校」「東芦別小学校」に特殊学級設置。
1964(昭和39)年 4月 1日 「北海道芦別工業高校」開校。
1964(昭和39)年 4月22日 「芦別線」が鉄道建設公団の公団工事線となる。
1964(昭和39)年 6月10日 「平岸西坑」閉山。
1964(昭和39)年 6月19日 「平岸西坑」閉山交付金交付決定。
1964(昭和39)年 7月   「芦別市消防本部」の西芦別分遣所・頼城機関員出張所を開設。
1964(昭和39)年 8月25日 「三菱鉱業芦別鉱業所」が閉山、「三菱鉱業芦別鉱業所専用鉄道」廃止 。
1964(昭和39)年 8月29日 「三菱鉱業芦別鉱業所」閉山交付金交付決定。

1965(昭和40)年
1965(昭和40)年 3月26日 「道道509号」(美瑛芦別線)が路線認定される。
1965(昭和40)年 3月31日 「川岸小学校」閉校。(「頼城小学校」に吸収)
1965(昭和40)年 3月31日 「新城診療所」閉鎖。
1965(昭和40)年 4月   「西芦別小学校」に特殊学級設置。
1965(昭和40)年 4月 7日 「芦別線」の「芦別駅」〜「石狩新城駅」間に工事実施計画の認可が出る。
1965(昭和40)年 8月13日 「高根第一炭鉱」閉山。
1965(昭和40)年 8月18日 「高根第一炭鉱」閉山交付金交付決定。
1965(昭和40)年 8月25日 「日炭芦別炭鉱」「八ツ手沢炭鉱」閉山。
1965(昭和40)年 8月29日 「八ツ手沢炭鉱」閉山交付金交付決定。
1965(昭和40)年 8月30日 「新上芦別炭鉱」閉山。
1965(昭和40)年 9月   「芦別小学校」に特殊学級設置。
1965(昭和40)年 9月 2日 「日炭芦別炭鉱」閉山交付金交付決定。
1965(昭和40)年 9月15日 「新上芦別炭鉱」閉山交付金交付決定。
1965(昭和40)年11月19日 「油谷芦別炭鉱」閉山、閉山交付金交付決定。その後は「北興芦別炭鉱」となる。
1965(昭和40)年12月   「国設芦別スキー場」が開設される。
1965(昭和40)年12月   「芦別市消防本部」の上芦別分遣所を開設。
1965(昭和40)年12月16日 「頼城炭鉱」閉山。
1965(昭和40)年12月22日 「頼城炭鉱」閉山交付金交付決定。

1966(昭和41)年
1966(昭和41)年 3月 5日 準急「そらち」が急行に昇格。
1966(昭和41)年 5月   「芦別市消防本部」の高根機関員出張所を開設。
1966(昭和41)年 5月24日 「株式会社芦別振興公社」が設立。
1966(昭和41)年 9月 1日 「新城保育園」開園。
1966(昭和41)年12月   「芦別市消防本部」の常磐機関員出張所を開設。

1967(昭和42)年
1967(昭和42)年     「芦別市農業協同組合」新店舗落成。
1967(昭和42)年 3月24日 「平岸大谷沢炭鉱」閉山。
1967(昭和42)年 3月27日 「平岸大谷沢炭鉱」閉山交付金交付決定。
1967(昭和42)年 4月 1日 「新城火葬場」廃止。
1967(昭和42)年 9月22日 「芦別高根炭鉱高根鉱業所」閉山
1967(昭和42)年 7月10日 「芦別線」の石狩新城〜納内間に工事実施計画の認可が出る。
1967(昭和42)年 9月30日 「高根小中学校」を閉校。(「芦別小学校」「芦別中学校」に吸収)
1967(昭和42)年10月19日 「黄金炭鉱」閉山。
1967(昭和42)年10月24日 「黄金炭鉱」閉山交付金交付決定。
1967(昭和42)年12月   「芦別市消防本部」の三井黄金機関員出張所を開設。

1968(昭和43)年
1968(昭和43)年     「本町」の一部が南2条東・南3条東に分離。
1968(昭和43)年     「桜ヶ丘霊園」完成。
1968(昭和43)年 4月   「芦別中学校」に特殊学級設置。
1968(昭和43)年 9月20日 「芦別市民憲章」制定。
1968(昭和43)年12月   「芦別市消防本部」に救急車を配備し、救急業務を開始。

1969(昭和44)年
1969(昭和44)年     「志願寺」創建。
1969(昭和44)年 3月24日 「大舟芦別炭鉱」「平岸栄炭鉱」閉山。
1969(昭和44)年 3月27日 「大舟芦別炭鉱」「平岸栄炭鉱」閉山交付金交付決定。
1969(昭和44)年 8月   「芦別市消防本部」が移転。
1969(昭和44)年11月17日 「北興芦別炭鉱」閉山。
1969(昭和44)年11月25日 「北興芦別炭鉱」閉山交付金交付決定。

1970(昭和45)年
1970(昭和45)年     「芦別健夏まつり」が始まる。
1970(昭和45)年 3月31日 「油谷中学校」閉校。(「芦別中学校」に吸収)
1970(昭和45)年 6月11日 「三井芦別炭鉱」でガス爆発。
1970(昭和45)年 7月   「芦別レジャーランド」(現・「北の京芦別」)がオープン。
1970(昭和45)年12月25日 「新城町」で「簡易水道」給水開始。

1971(昭和46)年
1971(昭和46)年     新しい「野花南発電所」が建設される。
1971(昭和46)年 2月27日 「北菱芦別炭鉱」閉山。
1971(昭和46)年 3月 8日 「北菱芦別炭鉱」閉山交付金交付決定。
1971(昭和46)年 3月31日 「油谷小学校」閉校。(「芦別小学校」に吸収)
1971(昭和46)年 9月30日 「三井芦別炭鉱」の「新黄金坑」を分離し、「新北振炭鉱」として継承。
1971(昭和46)年10月   「芦別市消防本部」上芦別分遣所・西芦別分遣所を出張所に改称。
1971(昭和46)年11月27日 「北振炭鉱」閉山。
1971(昭和46)年12月 1日 「北振炭鉱」閉山交付金交付決定。
1971(昭和46)年12月   「芦別市消防本部」西芦別出張所に化学消防車を配備。

1972(昭和47)年
1972(昭和47)年 3月22日 「新旭炭鉱」操業開始。
1972(昭和47)年 3月31日 「豊岡小学校」閉校。(「黄金小学校」「新城小学校」に吸収)
1972(昭和47)年 4月   「黄金中学校」を再び「黄金小学校」に併置する。
1972(昭和47)年 4月22日 「黄金炭鉱」で坑内火災。
1972(昭和47)年 5月31日 「三井芦別鉄道」旅客営業を廃止。
1972(昭和47)年 6月26日 「旭炭鉱」閉山。
1972(昭和47)年 6月29日 「旭炭鉱」閉山交付金交付決定。
1972(昭和47)年 7月   「芦別線」の予算がゼロ予算となり、工事が事実上中止。
1972(昭和47)年 7月31日 「芦別黄金簡易郵便局」が廃止。
1972(昭和47)年 8月19日 「新北振炭鉱」閉山。
1972(昭和47)年 8月24日 「新北振炭鉱」閉山交付金交付決定。
1972(昭和47)年10月 2日 急行「そらち」廃止。

1973(昭和48)年
1973(昭和48)年     「三井鉱山株式会社」の石炭部門を「三井石炭鉱業」に分離。
1973(昭和48)年     「芦別市青年センター」完成。
1973(昭和48)年 2月 1日 「新城診療所」廃止。
1973(昭和48)年 3月31日 「東黄金小学校」閉校。(「黄金小学校」に吸収)
1973(昭和48)年 3月30日 環境庁(当時)が「芦別温泉」を国民保養温泉地に指定。
1973(昭和48)年10月   「市民運動場」ができる。
1973(昭和48)年12月   「芦別市消防本部」新城機関員出張所を開設。

1974(昭和49)年
1974(昭和49)年     「芦別レジャーランド」に「十二支苑」が完成。
1974(昭和49)年 2月15日 「芦別市史」発行。
1974(昭和49)年 3月25日 「新城電話局」開局。
1974(昭和49)年 4月   「芦別市消防本部」油谷機関員出張所を廃止。

1975(昭和50)年
1975(昭和50)年 3月31日 「黄金中学校」閉校。(「芦別中学校」に吸収)
1975(昭和50)年11月   「芦別市消防本部」野花南機関員出張所を開設。

1976(昭和51)年
1976(昭和51)年     「芦別市民会館」落成。
1976(昭和51)年 3月31日 「旭小学校」閉校。(「芦別小学校」に吸収)
1976(昭和51)年 4月   「芦別市森と緑の会」設立。
1976(昭和51)年 4月 1日 「野花南駅」の貨物取り扱いを廃止。
1976(昭和51)年 8月31日 「道道509号」の起点と終点を入れ替え、「芦別美瑛線」となる。

1977(昭和52)年
1977(昭和52)年     「芦別環状線」開通。
1977(昭和52)年 4月18日 「芦別岳{銘菓}」が商標登録される。
1977(昭和52)年 5月11日 「三井芦別炭鉱」ガス爆発。
1977(昭和52)年 7月 1日 「老人太公望池」ができる。
1977(昭和52)年 9月   「芦別市消防本部」頼城機関員出張所を頼城出張所に改称。

1978(昭和53)年
1978(昭和53)年     「芦別獅子を継承する会」が結成。
1978(昭和53)年     「野花南ダム」完成。
1978(昭和53)年 2月 1日 「東芦別露天掘炭鉱」新設・稼働。

1979(昭和54)年
1979(昭和54)年     「滝里ダム」着工。
1979(昭和54)年     「旭温泉」廃業。
1979(昭和54)年     「国民宿舎あしべつ」営業開始。

1980(昭和55)年
1980(昭和55)年     「芦別警察署」移転。
1980(昭和55)年 3月10日 「北海道芦別高等学校」定時制が閉課。
1980(昭和55)年 3月31日 「中の丘小学校」が閉校。(「西芦別小学校」に吸収)
1980(昭和55)年 3月31日 「上芦別中学校」「野花南中学校」「滝里中学校」を閉校。(「啓成中学校」へ)
1980(昭和55)年 3月31日 「道道978号」が路線認定される。
1980(昭和55)年 4月 1日 「啓成中学校」開校。

1981(昭和56)年
1981(昭和56)年     「芦別市立図書館」完成。
1981(昭和56)年     「芦別温泉」入館者が100万人突破。
1981(昭和56)年 4月 1日 「ひまわり幼稚園」が開園。(市立)

1982(昭和57)年
1982(昭和57)年 5月30日 「野花南駅」・「滝里駅」の荷物取り扱いを廃止、無人化になる。「上芦別駅」の貨物・荷物取り扱いを廃止。
1982(昭和57)年 9月30日 「道道1012号」(芦別砂川線)が路線認定される。

1983(昭和58)年
1983(昭和58)年 7月   「芦別市消防本部」上芦別出張所・西芦別出張所・頼城出張所を分遣所に改称。

1984(昭和59)年
1984(昭和59)年     「本町」の一部が北4条〜北6条の東西、北7条西に分離。
1984(昭和59)年 9月 1日 「北海道中央バス」の「高速ふらの号」が運行開始。(1往復。)

1985(昭和60)年
1985(昭和60)年     「北日本自動車工学専門学校」が開校。
1985(昭和60)年 3月14日 「芦別駅」の荷物取り扱い廃止。
1985(昭和60)年 4月10日 「北海道中央バス」の「高速あしべつ号」が運行開始。(2往復。)
1985(昭和60)年10月   「健夏まつりを楽しくする会」が結成。

1986(昭和61)年
1986(昭和61)年     「夫婦滝」公園内に「葛西善蔵雪をんな文学記念碑」を建立。
1986(昭和61)年     「芦別温泉」が環境庁より「国民保険温泉地」に選定される。
1986(昭和61)年 3月31日 「東芦別小学校」「上芦別小学校」が閉校。(新「上芦別小学校」へ)
1986(昭和61)年 4月   「高速そらち号」運行開始(千歳空港行き)
1986(昭和61)年 4月 1日 新「上芦別小学校」開校。

1987(昭和62)年
1987(昭和62)年 3月31日 「滝里小学校」閉校。(「野花南小学校」に吸収)
1987(昭和62)年 3月31日 「常磐中学校」閉校。(「芦別中学校」に吸収)

1988(昭和63)年
1988(昭和63)年     環境庁から「星空の街」に認定される。
1988(昭和63)年     「星遊館」が営業開始。
1988(昭和63)年     「芦別温泉」入館者が200万人突破。
1988(昭和63)年     「芦別レジャーランド」が「北の京芦別」に名称変更。
1988(昭和63)年     「第三セクター星の降る里芦別」が設立。
1988(昭和63)年 3月 7日 産業基盤整備基金の出資適用第1 号事業「株式会社星の降る里芦別」の創立総会開かる。
1988(昭和63)年 3月31日 「常磐中学校」閉校し、「常磐小学校」になる。
1988(昭和63)年 3月31日 「北海道芦別工業高等学校」が閉校。
1988(昭和63)年 4月   「高速そらち号」運行開始(千歳空港行き)
1988(昭和63)年 4月   「市立芦別病院」新病院に移転。
1988(昭和63)年 4月 1日 「北海道芦別総合技術高等学校」が開校。
1988(昭和63)年 7月   「健夏まつり」で「まとい踊り」から「健夏山笠」へ変わる。
1988(昭和63)年 7月25日 「空知川ゴルフ公社」設立。

1989(昭和64/平成元)年
1989(平成 元)年     「スターライトホテル」が営業開始。
1989(平成 元)年 3月26日 「三井芦別鉄道」廃止。
1989(平成 元)年 3月31日 「北海道芦別商業高等学校」が閉校。
1989(平成 元)年 8月18日 「芦別畜産振興公社」設立。
1989(平成 元)年 9月   救助工作車を消防署に配備。
1989(平成 元)年 9月 8日 「健夏まつりを楽しくする会」を解散して「芦別健夏山笠振興会」を創設。
1989(平成 元)年10月20日 「芦別健夏山笠」で「黄金水松」を『祖霊の樹木として健夏山笠を奉納し、無病息災を祈願するもの』と位置付ける。また、「芦別健夏山笠振興会」の紋章を「五つ松木瓜」に決定。
1989(平成 元)年11月 3日 「北の京芦別」に「北海道大観音像」が建立される。

1990(平成 2)年
1990(平成 2)年 2月 3日 「常磐小学校」新校舎へ移転。
1990(平成 2)年 5月26日 「芦別健夏山笠」の人材育成資金造成ビアパーティが「芦別市福祉センター」で初めて開催される。
1990(平成 2)年 7月28日 「カナディアンワールド」がオープン。

1991(平成 3)年
1991(平成 3)年 2月17日 「常磐小学校」新校舎・体育館落成記念式典開催。
1991(平成 3)年 4月28日 「北海道中央バス」の「高速カナディアンワールド号」が運行開始。(期間限定・1997年夏季まで)
1991(平成 3)年10月22日 「野花南駅」〜島ノ下駅間が線路付け替え。「滝里駅」が廃止される。

1992(平成 4)年
1992(平成 4)年 7月   新千歳空港運用開始に伴い「高速そらち号」が新千歳空港行きになる。
1992(平成 4)年 9月28日 「三井芦別炭鉱」閉山。
1992(平成 4)年10月   「観光物産センター」がオープン。
1992(平成 4)年 8月20日 「三井芦別炭鉱」閉山を提案。
1992(平成 4)年 9月19日 「三井芦別炭砿労働組合」との閉山交渉妥結。
1992(平成 4)年 9月28日 「三井芦別炭鉱」閉山。
1992(平成 4)年11月20日 「三井芦別炭鉱」閉山交付金交付決定。

1993(平成 5)年
1993(平成 5)年     「北の京芦別」に「ホテル三十三間堂」が完成。
1993(平成 5)年 3月31日 「新城中学校」閉校。(「芦別中学校」に吸収)
1993(平成 5)年 4月 1日 「国道452号」に昇格。
1993(平成 5)年 4月22日 「道の駅スタープラザ芦別」が道の駅に登録され、開駅。
1993(平成 5)年 7月   カナダ「シャーロットタウン市」と姉妹都市になる。
1993(平成 5)年 7月16日 「芦別健夏山笠」で「飾り山」が初めて披露される。
1993(平成 5)年 9月   「芦別大図鑑」発行。
1993(平成 5)年 9月24日 「芦別市の花・木・鳥」が制定される。
1993(平成 5)年10月   「国際友好ジャンボかぼちゃ大会」が初開催。
1993(平成 5)年12月 1日 「海賊流映画学校」が開催される。(翌年より「星の降る里芦別映画学校」)

1994(平成 6)年
1994(平成 6)年     「星遊館」に露天風呂が完成する。
1994(平成 6)年 4月   「芦別緑の少年団」設立。
1994(平成 6)年 4月 1日 「道道114号」が「道道224号」に、「道道1098号」(美唄富良野線)が路線認定される。
1994(平成 6)年10月 1日 「道道7号」が「道道4号」に、「道道509号」が「道道70号」に、「道道1012号」が「道道115号」に、「道道1098号」が「道道135号」に番号変更。
1994(平成 6)年10月31日 「新芦別市史」発行。
1994(平成 6)年    「カナディアンワールド」が冬季営業を休止。

1995(平成 7)年

1996(平成 8)年
1996(平成 8)年 3月   高規格救急車を消防署に配備。
1996(平成 8)年 3月31日 「頼城中学校」・旧「西芦別中学校」が閉校。(新「西芦別中学校」へ)
1996(平成 8)年 4月 1日 新「西芦別中学校」開校。

1997(平成 9)年
1997(平成 9)年     カナダの「シャーロットタウン」と姉妹都市になる。
1997(平成 9)年 7月   「健民センターパークゴルフ場」完成。
1997(平成 9)年     「カナディアンワールド」閉園。

1998(平成10)年
1998(平成10)年 2月 2日 郵便番号7ケタ制度が始まる。
1998(平成10)年 3月31日 「黄金小学校」閉校。「北海道芦別総合技術高等学校」の事務情報科が閉科。
1998(平成10)年 4月 1日 「社会福祉法人芦別市社会福祉事業団」が設立。
1998(平成10)年 4月28日 「芦別保健所」が「滝川保健所芦別支所」へ縮小。
1998(平成10)年 5月23日 全日本女子バレーボールチームが初合宿。
1998(平成10)年 6月10日 「北海道アサヒ」が自己破産。
1998(平成10)年 7月25日 「芦別市健民センターオートキャンプ場」オープン。

1999(平成11)年
1999(平成11)年     「カナディアンワールド公園」オープン。
1999(平成11)年     「崕山」の入山規制が始まる。
1999(平成11)年     「滝里ダム」完成。
1999(平成11)年     「川岸大橋」が完成。
1999(平成11)年     「芦別営林署」が廃止、「空知森林管理所芦別事務所」となる。
1999(平成11)年 3月31日 「北海道中央バス」の「富良野線」廃止。
1999(平成11)年 4月   「西芦別浄水場」が給水開始。
1999(平成11)年 4月 1日 「北海道中央バス」の「高速ふらの号」が「4番通」「野花南」にも停車するようになる。

2000(平成12)年
2000(平成12)年     「芦別獅子保存会」「芦別獅子を継承する会」が「芦別獅子保存会」に一本化される。
2000(平成12)年 4月14日 「野花南周堤墓群」「滝里遺跡群出土遺物」が北海道指定文化財に指定され、「野花南周堤墓群」は「芦別市指定文化財」解除。
2000(平成12)年 5月29日 「旧干場家レンガ倉庫」が「芦別市指定文化財」に指定。
2000(平成12)年 6月   「滝里ダム資料館」竣工。
2000(平成12)年 7月15日 「北海道中央バス」の「高速ふらの号」の幾春別経由が運行される。(2001年夏季まで)
2000(平成12)年 9月26日 「新城仙台山の三本ナラ」が「芦別市指定文化財」に指定。
2000(平成12)年12月   「高速そらち号」冬季ダイヤ運休になる。

2001(平成13)年
2001(平成13)年     「滝川保健所芦別支所」が廃止される。
2001(平成13)年 2月   「JA芦別市」がJAたきかわと合併。

2002(平成14)年
2002(平成14)年 2月   「プレス空知」芦別支局ができる。
2002(平成14)年 3月26日 「星の降る里大橋」が完成。
2002(平成14)年 3月29日 「黄金水松」が北海道指定文化財に指定、「芦別市指定文化財」解除。
2002(平成14)年 3月31日 「頼城小学校」閉校。(「西芦別小学校」に吸収)
2002(平成14)年12月10日 「子どもセンターつばさ」が完成

2003(平成15)年
2003(平成15)年     「なまこ山球場」がオープン。
2003(平成15)年 3月31日 「高速そらち号」廃止。
2003(平成15)年 4月   「芦別市消防本部」西芦別分遣所を廃止。
2003(平成15)年 4月 1日 「北海道中央バス」の「高速ふらの号」が「渓水町」「上芦小学校」にも停車するようになる。

2004(平成16)年
2004(平成16)年 3月10日 「崕山」入山制限を無期限にすることが決定。
2004(平成16)年 3月31日 「新城小学校」「北海道芦別総合技術高等学校」が閉校、「ひまわり幼稚園」が閉園。
2004(平成16)年 3月31日 「空知森林管理所芦別事務所」が廃止。
2004(平成16)年 4月 1日 旧「頼城小学校」の校舎に「星槎大学」が開学。

2005(平成17)年
2005(平成17)年     新しい「炭山川橋」が開通する。
2005(平成17)年 4月 1日 「北海道中央バス」の「高速ふらの号」が「芦別中学校前」にも停車するようになる。
2005(平成17)年 5月 1日 市外局番が従来の01242から0124となり、市内局番が2から始まる2ケタになる。

2006(平成18)年
2006(平成18)年     「北の京芦別」の経営を「有限会社ランド」が引き継ぐ。
2006(平成18)年     「芦別市芸術文化交流館」が(旧・「新城小学校」)開館。
2006(平成18)年 3月24日 「
2006(平成18)年 2月 9日 「芦別ガタタンラーメン」が商標登録される。
2006(平成18)年 3月31日 「西芦別中学校」が閉校。(「啓成中学校」に吸収)
2006(平成18)年 7月   「ひかりハイヤー」が6台で運行開始する。

2007(平成19)年
2007(平成19)年     「国道38号」芦別バイパスが全面開通。
2007(平成19)年     「星槎総合教育研究所」(旧「北海道芦別総合技術高等学校」)が開所。
2007(平成19)年 6月   第三セクター「株式会社星の降る里芦別」に係る民事調停が成立。
2007(平成19)年 9月29日 「空知タイムス」廃刊。
2007(平成19)年12月 7日 「星槎大学」の校舎と体育館が国の登録有形文化財に登録される。

2008(平成20)年
2008(平成20)年 3月 7日 「星槎大学」(旧「頼城小学校」)の校舎・体育館が国の登録有形文化財に指定される。
2008(平成20)年 3月31日 「北海道中央バス」「芦別ターミナル」を廃止。
2008(平成20)年 4月 1日 「北海道中央バス」の「上芦別線」「頼城線」「芦別温泉線」が「空知交通」経営の「キラキラバス」へ継承。
2008(平成20)年 4月 1日 「北日本自動車工学専門学校」が「北日本自動車大学校」に改名。
2008(平成20)年 4月 8日 「株式会社北の京芦別」が特別清算。
2008(平成20)年 8月   この年から、「産業フェスティバル」が「農業まつり」と「商工まつり」の2つに分かれて開催される。
2008(平成20)年10月 1日 「平班橋」新橋が供用開始。

2009(平成21)年
2009(平成21)年 1月 8日 「旧三井芦別鉄道炭山川橋梁」が登録有形文化財に指定される。
2009(平成21)年 4月 1日 「キラキラバス」ダイヤ改正。「市立病院」を経由する便もできたため、系統番号を設定。
2009(平成21)年 7月24日 「ひかりハイヤー」が営業停止。(31日に廃止)
2009(平成21)年11月13日 「ガタタンチャーハン」が商標登録される。

2010(平成22)年
参考文献:平成18年版消防年報(芦別市消防本部) 語り継ぐ民衆史(杉山四郎 著) 芦別市統計書 芦別健夏山笠十年誌
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